殺めるということ

私は、人を殺めた者は自らの生死を持って償うべき、だと思ってはいます
だから過ちを起こさないように心がけて生きてもきています
でも過ちを正す機会を無くすという考えは持ってはいません



昨日午前中に、とある少年裁判で死刑判決が下されました
最高裁からの差し戻し審で死刑以下の判決はまずないだろうとの
予想通りの判決が下されたわけですが
裁判の経過、判決文などを私が知る限りの範囲では
この裁判は非常に重いです
そして、この裁判が投げかけたモノは大きいです
来年から始まる裁判員制度で、このような事件を扱う可能性が
自分達にもあるのかと思うと困惑してしまいますね
私はこのような裁判でも、ちゃんと冷静に判断が出来るのだろうか?
もしくは感情に任せて判断してしまうのではないだろうか?
たとえ犯罪者とはいえ、裁判を通じて自分達も
人を殺める可能性があるのですから
そのような時、私は正気でいられるのだろうか・・・?



しかし遺族があれだけ理路整然として
物事を語ってるのに対して、なんですか?
あの一部マスコミ連中のアホな質問は・・・
もう、あのようなアホな質問しか出来ない人は
他の質問を聞いて大人しくしてろっての・・